大麻草にはTHCやCBDをはじめとする100種類以上の「フィトカンナビノイド」が含まれています。これらの成分はそれぞれ異なる仕組みで人体に作用するため、「大麻に医療効果があるか」という一括りの問いだけでは、実際の研究状況を正確に把握できません。
すでに医薬品として承認されている成分がある一方、研究によって一定の有効性が示されているものや、動物実験・初期臨床試験の段階にあるものも存在します。
本記事では、大麻由来成分の医療・健康分野における効果を、科学的エビデンスの段階に応じて、次の3つに分けて整理します。
- 治療薬・治療法として確立されているもの
- 研究によって有効性を支持する証拠が蓄積しているもの
- 研究途中であり、今後の臨床応用が期待されているもの
カンナビノイドが作用する「エンドカンナビノイド・システム」
人体には「エンドカンナビノイド・システム(ECS)」と呼ばれる生体調節機構が存在します。
ECSは、主に次の要素で構成されています。
- カンナビノイド受容体であるCB1・CB2
- アナンダミドや2-AGなどの内因性カンナビノイド
- 内因性カンナビノイドの合成・分解を担う酵素
ECSは中枢神経系や末梢組織に広く分布し、疼痛伝達、食欲、免疫反応、睡眠、感情、認知機能などの調節に関係しています。
大麻草に含まれるフィトカンナビノイドはCB1・CB2受容体や、それ以外の受容体・イオンチャネルなどに作用します。ただし、作用する場所や仕組みは成分ごとに異なります。
主要なカンナビノイド成分と特徴
| 成分 | 略称 | 精神作用 | 医療分野で研究されている主な作用 |
|---|---|---|---|
| テトラヒドロカンナビノール | THC | あり | 鎮痛、制吐、食欲増進、筋痙縮の緩和 |
| カンナビジオール | CBD | なし | 難治性てんかん、抗不安、抗精神病作用 |
| テトラヒドロカンナビバリン | THCV | 通常用量ではなし | 食欲抑制、血糖値やインスリン感受性の改善 |
| カンナビノール | CBN | 軽微 | 睡眠、鎮静、抗炎症作用 |
| カンナビクロメン | CBC | なし | 抗炎症、皮膚疾患、抗うつ作用 |
| カンナビゲロール | CBG | なし | 脂質代謝、抗菌、神経保護作用 |
ここからは、それぞれの医療効果をエビデンスの段階ごとに見ていきます。
1.治療薬として確立されているカンナビノイド
この段階に該当するのは臨床試験を経て、各国の規制当局から特定の疾患に対する医薬品として承認されたものです。
米国食品医薬品局(FDA)は、大麻草そのものを治療薬として承認しているわけではありません。承認されているのは、高度に精製された成分や、一定の配合比率で製造された医薬品です。
主なカンナビノイド医薬品
| 医薬品名 | 主な有効成分 | 主な適応症 |
|---|---|---|
| エピディオレックス | 高度に精製されたCBD | レノックス・ガストー症候群、ドラベ症候群、結節性硬化症複合体に伴う発作 |
| マリノール | 合成THCであるドロナビノール | 化学療法による悪心・嘔吐、HIV/AIDS患者の食欲不振・体重減少 |
| シンドロス | 合成THCであるドロナビノール | 化学療法による悪心・嘔吐、HIV/AIDS患者の食欲不振・体重減少 |
| セサメット | THC類似物質であるナビロン | 化学療法による悪心・嘔吐 |
| サティベックス | THCとCBDを1対1で配合 | 多発性硬化症に伴う筋痙縮や神経障害性疼痛 |
難治性てんかんに対するCBD製剤
CBDを有効成分とするエピディオレックスは2018年にFDAから承認されました。
対象となるのは、レノックス・ガストー症候群やドラベ症候群、結節性硬化症複合体などに伴う難治性の発作です。
CBDの発作抑制作用には、GPR55受容体への作用、TRPV1チャネルの調節、アデノシンの再取り込み阻害など、複数の仕組みが関係すると考えられています。
臨床試験では、傾眠、食欲減退、下痢、肝酵素値の上昇などが有害事象として報告されています。特に、バルプロ酸など他の抗てんかん薬と併用する場合は、肝機能のモニタリングが必要とされています。
化学療法による悪心・嘔吐と食欲不振に対するTHC系製剤
合成THCであるドロナビノールやTHC類似物質のナビロンはがん化学療法によって生じる悪心・嘔吐の治療に使用されています。
ドロナビノールはHIV/AIDSに伴う食欲不振や体重減少にも使用されます。
これらの成分は中枢神経系のCB1受容体に作用し、嘔吐中枢の活動を抑えるとともに、視床下部の摂食中枢を刺激します。
多発性硬化症の筋痙縮に対するTHC・CBD配合薬
サティベックスは大麻草から抽出したTHCとCBDを1対1で配合した口腔粘膜スプレーです。
多発性硬化症に伴う重度の筋痙縮や神経障害性疼痛を対象として、英国を含む複数の国で承認されています。
THCには鎮痛・鎮痙作用がある一方、高用量では不安、パラノイア、認知機能の低下などが生じる可能性があります。
サティベックスではCBDを同量配合することで、THCによる精神的な有害事象を抑えることが意図されています。ただし、虚血性心疾患や統合失調症の既往歴など、患者の状態によっては使用できない場合があり、医学的な管理が必要です。
2.研究によって有効性を支持する証拠が蓄積している領域
医薬品としての承認状況とは別に、ランダム化比較試験やシステマティックレビューによって、一定の有効性が示されている領域があります。
慢性疼痛・神経障害性疼痛
カンナビノイドの医療研究で、特に多くのデータが蓄積している分野が慢性疼痛です。
米国全米科学アカデミーの報告書では、大麻またはカンナビノイド製剤が、成人の慢性疼痛に有効であることを支持する「確実または実質的なエビデンス」があると整理されています。
近年のシステマティックレビューでは、鎮痛効果は主にTHCを含む製剤で確認されています。
CBD単体やTHC含有量が低い製品についてはプラセボと比較して痛みを明確に改善しないとする結果もあります。一方、THCとCBDを同程度含む製剤やTHCを主体とした製剤では、短期間の治療において神経障害性疼痛が一定程度軽減したと報告されています。
ただし、THCを含む製剤では、次のような有害事象の増加も確認されています。
- めまい
- 眠気や過度の鎮静
- 悪心
- 認知機能への影響
そのため、鎮痛効果だけでなく、有害事象とのバランスを考慮する必要があります。
基礎疾患に伴う睡眠障害
不眠症そのものに対する治療効果については現時点で十分な証拠が確立しているわけではありません。
一方、慢性疼痛、多発性硬化症、線維筋痛症、閉塞性睡眠時無呼吸症候群などを持つ患者では、THC・CBD配合製剤が短期的に睡眠の質を改善する可能性が示されています。
この改善はカンナビノイドが直接的に睡眠を誘発するだけでなく、夜間の痛みや筋痙縮を緩和することで、結果的に睡眠を妨げる要因が減少するためとも考えられています。
3.研究途中で効果が期待されているカンナビノイド
THCやCBD以外の微量成分は「マイナーカンナビノイド」と呼ばれています。
これらの成分については基礎研究、動物実験、少人数の臨床試験などが進められていますが、現時点では大規模な臨床試験や医薬品としての承認に至っていないものが中心です。
CBDの抗精神病・抗不安作用
高濃度のTHCを含む大麻の長期使用、特に青年期の使用は統合失調症の発症リスクや症状の悪化と関連することが報告されています。
一方、CBDについてはTHCとは異なる作用を持つ可能性が研究されています。
CBDはセロトニン5-HT1A受容体、GPR55、アナンダミドを分解するFAAHなどに作用し、抗精神病作用や抗不安作用を示す可能性があります。
統合失調症患者に対して既存の治療薬とCBDを併用した臨床試験では、幻覚や妄想などの症状が低下したとする結果があります。一方で他の試験ではプラセボとの差が確認されておらず、投与量や患者の状態によって結果にばらつきがあります。
CBD単独での治療法を確立するためにはさらなる研究が必要です。
THCVと肥満・2型糖尿病
THCVはTHCとよく似た分子構造を持っていますが、通常用量ではTHCとは異なる作用を示します。
THCがCB1受容体を活性化して食欲を刺激するのに対し、THCVはCB1受容体に対するニュートラルアンタゴニストとして作用し、食欲に関係するシグナルを抑えると考えられています。
肥満成人を対象にTHCVとCBDを含む口腔粘膜ストリップを90日間投与した試験では、高用量群で次の変化が報告されています。
- 体重の減少
- 腹囲の減少
- 収縮期血圧の低下
- 総コレステロールの低下
- LDLコレステロールの低下
動物実験や初期臨床試験では空腹時血糖値やインスリン感受性への影響も研究されています。
ただし、対象者数が限られているため、肥満や糖尿病の治療薬として確立するには、大規模な臨床試験が必要です。
CBCと炎症・アトピー性皮膚炎
CBCは精神作用を持たず、CB1・CB2受容体よりも、痛覚や炎症に関係するTRPチャネルなどを介して作用すると考えられています。
細胞を用いた研究ではCBCがNF-κBやMAPKなどの炎症経路を抑制し、IL-1β、IL-6、TNF-αなどの炎症性物質の産生を減少させることが示されています。
アトピー性皮膚炎の動物モデルではCBCの外用によって、皮膚病変、耳や上皮の肥厚、肥満細胞の浸潤などが減少したと報告されています。
現時点では動物実験を中心とした研究段階であり、人間に対する有効性と安全性の確認が必要です。
CBNと睡眠
CBNはTHCが時間の経過によって酸化・分解される過程で生成される成分です。精神作用はTHCと比較して軽微とされています。
動物実験では、CBNの投与によって総睡眠時間が増え、入眠までの時間が短縮したとする結果があります。
日本国内のCBN使用者を対象とした実態調査では、睡眠や不安の改善を目的とする利用者が多く、精神的・身体的な生活の質が改善したという回答が報告されています。
ただし、利用者自身による回答を中心とした調査はプラセボ対照試験とは証拠の性質が異なります。人間を対象とした大規模な臨床試験のデータは、まだ十分ではありません。
CBGとインスリン抵抗性・脂質代謝
CBGはTHCやCBDなど他のカンナビノイドが生成される前段階の成分です。
精神作用はなく、動物実験では、肝臓におけるスフィンゴ脂質の異常な蓄積を抑え、インスリン抵抗性を改善する可能性が示されています。
代謝症候群や脂質異常症への応用が研究されていますが、現時点では基礎研究が中心です。
日本における大麻関連法の変更
日本では、2024年12月に大麻取締法および麻薬及び向精神薬取締法の改正法が施行されました。
改正によって、大麻草に関する規制は従来の「植物の部位」による考え方から、THCなどの「成分」を基準とする制度へ移行しました。
また、免許制度などによる管理を前提として、大麻草から製造された医薬品を医療現場で施用するための法的な枠組みが設けられました。
日本国内では、難治性てんかんを対象としたCBD医薬品の臨床試験も行われています。ただし、臨床試験の実施と医薬品の承認・一般的な処方開始は同じではなく、有効性や安全性の審査が必要です。
一方、不正な大麻の使用に対しては使用罪が設けられました。医療目的の医薬品と、無許可での所持・使用は、法律上区別されています。
カンナビノイドの医療効果を判断する際に必要な区別
大麻由来成分の研究状況は、成分によって大きく異なります。
現時点で医薬品として確立している主な領域は次のとおりです。
- CBD製剤による一部の難治性てんかんの治療
- 合成THC製剤による化学療法誘発性悪心・嘔吐の治療
- 合成THC製剤によるHIV/AIDS患者の食欲不振への対応
- THC・CBD配合薬による多発性硬化症の筋痙縮の緩和
慢性疼痛についてはTHCを含む製剤を中心に有効性を支持する研究が蓄積していますが、めまいや眠気などの有害事象も報告されています。
THCV、CBC、CBN、CBGなどについては、それぞれ代謝、炎症、睡眠、脂質代謝などへの作用が研究されています。ただし、基礎研究や初期臨床試験の段階にあるものが多く、承認済み医薬品と同じエビデンスがあるわけではありません。
カンナビノイドの医療効果を確認する際は「どの成分か」「どの疾患か」「人間を対象とした臨床試験か」「医薬品として承認されているか」を区別する必要があります。
※本記事は、カンナビノイドに関する研究・医薬品承認状況を整理したものであり、特定の製品の使用や自己判断による治療を推奨するものではありません。医薬品の使用や治療については、医師や薬剤師などの専門家にご相談ください。
主な参考資料
- NCCIH「Cannabis(Marijuana)and Cannabinoids: What You Need To Know」
- FDA「FDA and Cannabis: Research and Drug Approval Process」
- WHO「Cannabidiol(CBD)Critical Review Report」
- National Academies「The Health Effects of Cannabis and Cannabinoids」
- Cochrane Review「Cannabis-based medicines for chronic neuropathic pain in adults」
- PubMed「Cannabidiol as an Adjunctive Therapy in Schizophrenia」
- 政府広報オンライン「大麻の所持・譲渡、使用、栽培は禁止!法改正の内容も紹介します」
