THC・CBD配合薬が終末期認知症の興奮を軽減か 120人を対象にした第2相LiBBY試験

2026年7月14日、ロンドンで開催されたアルツハイマー病協会国際会議「AAIC 2026」において、THCとCBDを配合した経口製剤が終末期の認知症患者に見られる重度の興奮症状を軽減したとする臨床試験結果が発表されました。

発表されたのは第2相臨床試験「LiBBY試験」です。

治療を受けた患者では投与開始から2週間で興奮症状が有意に軽減され、12週間後には87.2%が全般的に改善したと臨床医から評価されました。

一方、この結果を「大麻で認知症が治る」「一般のCBD製品でも代用できる」と受け取るのは正確ではありません。

今回使われたのは研究用に成分量を厳密に管理した特殊な経口製剤です。また、対象となったのはホスピスケアの対象となるほど認知症が進行した患者であり、研究結果はまだ査読付き論文として正式に公表されたものではありません。

本記事ではLiBBY試験で何が分かったのか、そして何がまだ分かっていないのかを整理します。

認知症に伴う「興奮」とは

認知症が進行すると、患者に次のような症状が現れることがあります。

・落ち着きなく歩き回る
・同じ動作や言葉を繰り返す
・突然大声を出す
・物を投げる
・介護者を叩く、蹴る、押す
・強い不安や恐怖を示す

こうした症状は認知症に伴う行動・心理症状の一つである「興奮」と呼ばれます。

終末期の認知症患者は自分の痛み、不安、恐怖、空腹、暑さ、寒さなどを言葉で伝えられないことがあります。そのため、興奮や攻撃的な行動が、本人の苦痛や満たされていないニーズを示すサインになる場合があります。

AAICによると終末期に近い認知症患者のおよそ半数に興奮症状が見られ、既存の治療を受けても3分の1以上で症状が続くとされています。

患者本人だけでなく、家族や介護者にとっても極めて負担の大きい症状です。

第2相LiBBY試験とは

LiBBYは「Life’s End Benefits of Cannabidiol and Tetrahydrocannabinol」の略称です。

米国国立老化研究所の支援を受けるアルツハイマー病臨床試験コンソーシアムによって実施されました。

試験の主な設計は次のとおりです。

項目内容
試験段階第2相臨床試験
試験方法多施設共同、ランダム化、二重盲検、プラセボ対照
参加者120人
対象ホスピスケアの対象または適応となる認知症患者
平均年齢約80歳
投与期間12週間
使用製剤THC・CBD配合経口オイル「T2」
主な評価項目CMAIによる興奮症状の変化

ClinicalTrials.govにも、約120人を対象とした12週間のランダム化・二重盲検・プラセボ対照第2相試験として登録されています。

参加者はTHC・CBD配合製剤を投与されるグループと、見た目などを合わせたプラセボを投与されるグループに分けられました。

投与されたのは「特殊な標準化経口製剤」

試験で使用されたT2はTHCとCBDを消化可能なオイルに溶かした研究用の経口製剤です。

投与量は段階的に増やされました。

・第1週:1回THC 2mg・CBD 100mgを1日2回
・第2~12週:1回THC 4mg・CBD 200mgを1日2回

THCに対してCBDの量が非常に多い配合になっていることが特徴です。

この投与量は医療従事者の管理下で調整されています。

一般に販売されているCBDオイルや大麻製品を患者や家族が自己判断で摂取したものではありません。

2週間で興奮症状が有意に軽減

主要評価項目には認知症患者の興奮行動を評価する「コーエン・マンスフィールド興奮評価尺度」が使用されました。

投与開始から2週間後、THC・CBD群ではプラセボ群よりも興奮スコアが平均6.27ポイント大きく低下しました。

さらに、効果は12週間後まで維持され、プラセボ群との差は8.23ポイントとなりました。

評価時期THC・CBD群とプラセボ群の差
2週間後興奮スコアが6.27ポイント大きく低下
12週間後興奮スコアが8.23ポイント大きく低下

少なくとも今回の対象患者では比較的早い段階から効果が現れ、その傾向が12週間続いたことになります。

12週後には87.2%が改善と評価

臨床医による全般的な変化の評価でも、大きな差が報告されています。

評価時期THC・CBD群プラセボ群
2週間後83.9%が改善30.5%が改善
12週間後87.2%が改善23.6%が改善

12週間後にはTHC・CBD群のおよそ9割が改善したと評価されました。

この「改善」は認知症そのものが治ったことを意味するものではありません。

評価されたのは興奮や攻撃性などの症状がどの程度落ち着いたかという点です。失われた記憶や認知機能を回復させたり、アルツハイマー病の進行を止めたりする治療ではありません。

副作用と安全性はどうだったのか

全体の有害事象発生率はTHC・CBD群が46.7%、プラセボ群が42.4%でした。この点については、両グループで大きな差は確認されていません。

一方、重篤な有害事象は次の割合で報告されています。

・THC・CBD群:23.3%
・プラセボ群:11.9%

研究者は報告された重篤な有害事象について、治験薬との因果関係は認められなかったと判断しています。

ただし、数字だけを見れば治療群の方が高くなっています。

対象者が終末期に近い重度の認知症患者であることを考慮する必要はありますが、より多くの患者を対象にした試験や長期間の安全性確認が必要です。

現段階で「安全性が確立された」と断定することはできません。

一般の大麻やCBD製品とは何が違うのか

今回の研究で重要なのは、「大麻由来成分を使った」という部分だけではありません。

むしろ、成分量、投与方法、品質、患者の状態が厳密に管理されていたことが重要です。

1.THCとCBDの量が決められている

一般市場の大麻製品は、製品によってTHCやCBDの濃度が異なります。

一方、T2では、患者が摂取するTHCとCBDの量がミリグラム単位で決められています。

2.喫煙やVAPEではなく経口投与

今回の製剤は、喫煙やVAPEで吸入するものではなく、オイルに溶かした経口製剤です。

投与方法が異なれば、体内への吸収速度や血中濃度の変化も異なります。

3.医療従事者が管理している

対象者は高齢で、ほかの薬を複数服用している可能性もあります。

そのため、薬物相互作用、眠気、めまい、転倒、血圧変化などを含めた医学的な管理が欠かせません。

4.一般には提供されていない

AAICは、この治療法が研究用に作られたものであり、一般には提供されていないと明記しています。

また、介護者が医師に相談せず、認知症患者へ大麻や大麻関連製品を与えるべきではないと警告しています。

市販のCBDオイル、エディブル、VAPE、乾燥大麻などで同じ結果が得られるとは限りません。

既存の治療薬より優れているのか

今回のLiBBY試験ではTHC・CBD製剤とプラセボが比較されています。

既存の抗精神病薬やほかの認知症興奮治療薬と直接比較した試験ではありません。

したがって、現時点では「既存薬より効果が高い」「既存薬より安全」とまでは判断できません。

米国では、2023年に抗精神病薬のブレクスピプラゾールがアルツハイマー病に伴う興奮症状に対する初のFDA承認薬となりました。ただし、高齢の認知症関連精神病患者における死亡リスクについて、抗精神病薬としての黒枠警告が付けられています。

また、2026年4月には、デキストロメトルファンとブプロピオンの配合薬であるAuvelityが、アルツハイマー病による認知症に伴う興奮症状に対する、初の非抗精神病薬としてFDAに承認されました。

LiBBY試験の製剤が今後どのような位置づけになるかを判断するには、既存の治療法との比較試験も必要になるでしょう。

「大麻で認知症が治る」という研究ではない

今回の研究について、特に誤解してはいけない点があります。

この製剤は認知症の原因そのものを取り除く薬ではありません。

アルツハイマー病に関連するアミロイドβやタウなどの病理変化を抑えたり、記憶力を回復させたりする効果が確認されたわけでもありません。

あくまで、終末期の認知症患者に生じる興奮、攻撃性、不安、落ち着きのなさなどを和らげる可能性が示された研究です。

しかし、終末期医療において症状を軽減することは、決して小さな意味ではありません。

本人の苦痛が軽減されれば、介護者との衝突が減り、家族と穏やかに過ごせる時間が増える可能性があります。

この研究が注目される理由は、認知症を「治す」からではなく、患者が最後まで尊厳を保って過ごすための新しい選択肢になる可能性があるからです。

まだ第2相試験の速報段階

LiBBY試験は有望な結果を示しましたが、現時点で公表されているのはAAIC 2026におけるトップライン結果です。

主な限界として、次の点が挙げられます。

・参加者は120人に限られる
・終末期に近い重度の認知症患者が対象
・軽度、中等度の認知症に適用できるかは不明
・既存薬との直接比較ではない
・長期的な安全性は確立されていない
・査読付き論文による詳細な検証がまだ必要

第2相試験で良好な結果が出ても、大規模な第3相試験で同じ結果が再現されない場合があります。

今後は完全な試験データの公開、査読付き論文の発表、より大規模な臨床試験が重要になります。

まとめ

第2相LiBBY試験では、標準化されたTHC・CBD配合経口製剤が、終末期認知症患者の重度な興奮症状を軽減する可能性が示されました。

投与開始から2週間でプラセボとの差が確認され、12週間後には治療群の87.2%が全般的に改善したと評価されています。

ただし、今回の結果は次のように整理する必要があります。

・認知症そのものを治す薬ではない
・一般の大麻やCBD製品とは異なる
・医療従事者の管理下で投与された研究用製剤
・重篤な有害事象を含め、追加の安全性検証が必要
・まだ第2相試験の学会速報段階

「大麻が認知症に効く」という単純な話ではありません。

一方、治療選択肢が限られてきた終末期の認知症ケアにおいて、患者の苦痛を和らげ、家族と穏やかに過ごす時間を取り戻すための研究として、大きな意味を持つ可能性があります。

今後、査読付き論文や第3相試験でどのような結果が示されるのか、慎重に追っていく必要があります。

※本記事は臨床試験および研究情報の紹介を目的としたもので、特定の製品や治療法の使用を推奨するものではありません。認知症患者にCBD、THC、大麻関連製品を使用する場合は、自己判断で行わず、必ず医師などの医療専門家に相談してください。

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