大麻を合法化したのは政治家か、HipHopか?──法律より先に「普通」にしたカルチャーの力

HipHopアーティストの写真と大麻商品パッケージ、議事堂やディスペンサリーの写真を組み合わせ、大麻合法化の文化的背景を表したコラージュ画像

いまやアメリカの多くの州では大麻はかつてとはまったく違う位置づけにある。合法的に大麻を販売する店舗があり、ブランドがあり、パッケージデザインがあり、ライフスタイルの一部として語られる。

しかし、ここでひとつ疑問が浮かぶ。

大麻を社会の中で「普通のもの」にしたのは、本当に政治家だったのだろうか?

もちろん、法律を変えたのは政治だ。だが、人々が大麻に対して抱くイメージそのものを変えたのは、それよりずっと前から存在していたHipHopだったのではないか。

1980〜90年代のニューヨーク・ハーレム。

2010年代のBlog Era。

そして現在の巨大な合法市場。

その歴史をたどると、法律が文化を変えたというよりも、文化が先に変わり、法律があとから追いついてきたという構図が見えてくる。

※本記事はHipHopと大麻をめぐる文化史・社会史を扱うものであり、違法行為や薬物使用を推奨するものではありません。

「合法化」には法律と文化の2種類がある

大麻の合法化と聞けば、多くの人は法律を思い浮かべる。

州議会で法案が可決される。
住民投票が行われる。
販売ライセンスが発行され、合法的な店舗がオープンする。

これはいわば「法制度としての合法化」だ。

一方、その前には別の変化が起きている。

「怖いもの」
「犯罪者が使うもの」
「社会から排除すべきもの」

そう見られていた存在が音楽や映画、ファッションを通して繰り返し目に入ることで、少しずつ日常的なものへ変わっていく。

法律上は違法なままでも、人々の意識の中では以前ほど特殊なものではなくなっていく。

これをここでは、「文化的合法化」と呼びたい。

そしてアメリカ社会において、その巨大な役割を果たしたカルチャーのひとつがHipHopだった。

1980〜90年代のハーレムで生まれた「ブランド大麻」

話は1980〜90年代のニューヨーク、ハーレムにさかのぼる。

当時、東海岸のHipHopシーンと大麻カルチャーを語るうえで欠かせない人物がいた。Branson(ブランソン)である。

彼は単に大麻を売る人物として知られていたわけではない。高品質の商品を仕入れ、品質を一定に保ち、特徴的なパッケージで提供する。いわば、現在のブランドビジネスにも通じる方法をストリートの中ですでに実践していた。

彼の三角形状のパッケージは、当時のニューヨークのラッパーたちの間でひとつのステータスになっていった。そしてBransonという名前そのものがブランドになる。

Redman、Nas、The Notorious B.I.G.、Jadakiss、Ma$e、Cam’ron、Puff Daddyなど、数多くのラッパーが楽曲の中で彼の名前に触れた。

ここで重要なのは、単なる「商品名」が音楽によって文化的な記号へ変化したことだ。広告を出したわけでもない。巨大企業がマーケティングしたわけでもない。

ラッパーが名前を口にすること自体が広告になった。現在で言えば、インフルエンサーによるブランド紹介にも近い。

しかし、それがSNSの存在しない時代に、リリックと口コミだけで成立していたのである。

「何を吸うか」がカルチャーになった

ハーレムを中心としたニューヨークでは、その後「Uptown Haze」「Piff」「Sour Diesel」など、地域や品質と結びついた名前が広がっていく。それまで匿名性の強かった商品に名前と物語が与えられていった。

そしてDipsetをはじめとするアーティストが、それらを楽曲やライフスタイルの中で表現する。

すると、

「大麻を使うか、使わないか」

だけではなく、

「どの品種なのか」
「どこから来たものなのか」
「誰が扱っているものなのか」

というブランド的な価値が生まれてくる。

今日、合法市場のディスペンサリーに行けば、品種名、ブランド名、パッケージ、ストーリーによって商品が区別されている。だが、その原型の一部は、合法企業が誕生するよりはるか前のストリートに存在していた。

Wiz Khalifaが変えた「大麻の見え方」

1990年代までのHipHopでは、大麻はストリートやアウトローの世界観と結びついて描かれることが多かった。そのイメージを大きく変えたのが2010年代だ。

象徴的な作品が、Wiz Khalifaが2010年に発表したミックステープ、

『Kush & Orange Juice』

だった。

タイトルからして象徴的だ。Kushとオレンジジュース。そこにあるのは犯罪や暴力ではない。朝、部屋でリラックスし、音楽を聴き、仲間と過ごす。大麻が描かれる場所が「ストリート」から「日常」へ移動した。この違いは非常に大きい。

Wiz Khalifaが見せたのは、

「危険な世界に存在するドラッグ」

ではなく、

「自分のライフスタイルを構成するひとつの要素」

としての大麻だった。

Blog EraとSNSがカルチャーを一気に拡散した

『Kush & Orange Juice』はインターネット上で無料配信された。2010年といえば、音楽ブログやDatPiffなどを通してミックステープが爆発的に広がっていた、いわゆるBlog Eraの真っただ中だ。

そしてリリース時には「#KushandOrangeJuice」がTwitterの世界的なトレンドになるほどの注目を集めた。これは、大麻カルチャーがストリートの一部だけに存在するものではなくなった瞬間でもある。

HipHopファン。

大学生。

郊外に暮らす若者。

インターネットを通じて音楽を聴く世界中のリスナー。

それまで直接ストリートカルチャーに接点を持っていなかった層まで、そのライフスタイルを見るようになった。HipHopは、大麻を社会に向かって説明したわけではない。「大麻は安全です」と主張したわけでもない。

ただ、それが存在する日常を繰り返し見せた。

結果として、その存在そのものが珍しくなくなっていった。この「珍しくなくなる」という変化こそ、文化的な常態化の重要なポイントだ。

2010年と2025年。同じタイトルでも、意味は違う

そして2025年。

Wiz Khalifaは15年ぶりとなる続編、

『Kush + Orange Juice 2』

を発表した。

Cardo、ID Labs、Sledgrenといった前作からの流れをくむプロデューサーに加え、Mike WiLL Made-ItやLex Lugerらが参加。Curren$y、Smoke DZA、Chevy Woods、Don Toliver、Gunnaなども名を連ねた。興味深いのは、作品そのもの以上に、この15年間で変わった社会だ。

2010年当時、大麻はアメリカの大部分で違法だった。ところが2025年には、多くの州で合法市場が成立している。つまり同じ「Kush & Orange Juice」という世界観でも、社会における意味がまったく違う。

2010年には、まだ既存の価値観に対するカウンターカルチャーだった。2025年には、それが巨大な市場を持つライフスタイル文化の一部になっている。

作品の変化というよりも、

作品を取り囲む社会の方が変わったのだ。

ストリートの文化はそのまま巨大産業へ入っていった

法律が変わると、大麻をめぐるビジネスも一気に表側へ出てきた。

しかし、その合法企業が使っている方法を見ると、ストリートカルチャーとの共通点は多い。

品種へのこだわり。

特徴的なパッケージ。

口コミ。

アーティストとの結びつき。

限定商品。

ブランドの背景にあるストーリー。

これらは、合法市場になって突然発明されたものではない。その前の時代から存在していた文化的資本が、新しい市場へ移植されたのである。その代表的な存在のひとりが、ラッパーであり「Cookies」の創業者でもあるBernerだ。

Bernerは、Bransonをはじめとする非合法時代の先駆者たちを、現在のビジネスにつながるレガシーとして位置づけてきた。かつて「ディーラー」と呼ばれた人物が、合法化後には「パイオニア」「OG」として語り直される。ここには非常に大きな価値観の反転がある。

合法化すれば、それですべて解決するのか

ただし、この歴史には単純な成功物語では終われない問題もある。大麻が合法的な巨大産業になった一方で、かつて同じ行為によって逮捕・収監された人々がいるからだ。特にアメリカの薬物政策は、人種によって大きく異なる影響をもたらしてきたと指摘されている。HipHopのパイオニア、Fab 5 Freddyが監督した2019年のNetflixドキュメンタリー『Grass Is Greener』は、この矛盾を正面から扱っている。

ジャズからHipHopまで続く音楽と大麻の歴史を描く一方で、

「現在は企業が合法的に利益を得ているもののために、過去には誰が罰せられてきたのか?」

という問いを投げかける。

さらにFab 5 Freddyらは過去の薬物政策によって大きな不利益を受けたコミュニティにも合法市場の利益を還元しようとする「ソーシャル・エクイティ」の取り組みに関わっている。ここまで来ると、大麻とHipHopの関係は単なる「ラッパーが大麻について歌っていた」という話ではなくなる。

文化。

人種。

司法。

資本主義。

ブランド。

そして、誰が利益を得るのかという問題にまでつながっていく。

政治が変えたのは法律。HipHopが変えたのはイメージだった

では結局、

大麻を合法化したのは政治家なのか、HipHopなのか。

答えは、どちらの「合法化」を指すかによって変わる。

法律を変更し、販売や流通のルールを作り、合法市場を制度として成立させたのは政治だ。これは間違いない。

しかしそのはるか前から、

大麻について歌い、
名前をつけ、
ブランド化し、
ファッションや映像の中に登場させ、
日常の風景として見せ続けたのはHipHopだった。

1980〜90年代のハーレムでBransonが作ったストリート・ブランド。2010年、Wiz Khalifaが『Kush & Orange Juice』で提示したリラックスしたライフスタイル。そして現在の合法市場へ受け継がれたブランド文化。この流れを見れば、ひとつのことがわかる。

法律が社会の価値観をゼロから変えたわけではない。

人々の価値観が音楽やカルチャーを通して先に変わり、その後に制度が動いた。政治家が大麻を「法的に合法」にしたのだとすれば、

HipHopはそれより前に、大麻を人々の意識の中で「普通のもの」にしていたのかもしれない。そしてこの歴史は、大麻だけの話ではない。

いつの時代も、新しい価値観は最初から法律や大企業の中で生まれるとは限らない。ときにストリートで生まれ、音楽に乗り、若者の間で共有され、社会の常識を変えたあとで、制度が追いついてくる。

HipHopの歴史を見ていると、カルチャーが社会を変えるとはどういうことなのか、その輪郭がはっきりと見えてくる。

参考資料

  • Business of Cannabis「New York, Hip Hop culture and the normalization of cannabis」
  • Honeysuckle Magazine「Branson Unplugged: New York’s Weed Godfather Speaks」
  • Leafly「How Harlem cannabis pioneer Branson inspired classic weed lyrics and films like ‘Half Baked’」
  • Apple Music「Kush + Orange Juice 2」
  • BMG「Wiz Khalifa Releases Highly Anticipated New Album Kush Orange Juice 2」
  • Netflixドキュメンタリー『Grass Is Greener』関連資料
  • The Leaf「The Leaf 2023 Impact List」

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