タイの街を歩けば、数年前まで考えにくかった光景に出会うことがある。
ネオンの看板。ガラスケースに並ぶ商品。観光地の通りに現れるディスペンサリー。
2022年以降、タイはアジアで最も目立つ大麻市場のひとつになった。
しかし、その風景だけを見てタイでは大麻が自由と受け取るのは危険だ。
とくに見落としてはいけないのが、国境を越える瞬間である。
タイ国内で見かける商品であっても、国外へ持ち出す行為はまったく別の問題になる。
英国の国家犯罪対策庁、National Crime Agency(NCA)はタイから英国へ大麻を運ぼうとする空路の密輸が急増しているとして警告を出している。NCAによると、英国の空港で摘発された大麻運び屋は2023年に142人、2024年に801人、2025年に976人へ増加。2026年は上半期だけで600人が逮捕されており、さらに悪化するペースだという。
タイで非犯罪化された大麻と、国外持ち出しは別の話
タイは2022年に大麻を麻薬リストから外し、アジアで最初に大麻を非犯罪化した国として大きく報じられた。これにより、観光地や都市部では大麻関連店舗が急増し、外国人旅行者の間でも「タイ=大麻が買える国」というイメージが広がった。
だが、その後のタイ政府は規制を強めている。
タイ政府観光庁系の公式情報では、2025年6月23日以降、大麻の花は管理対象として扱われ、観光客が大麻花を使用、購入、所持、運搬するには、タイ国内で発行された有効な医療処方が必要だと説明されている。処方がある場合でも、治療に必要な範囲で30日分を超えてはならない。
英国政府のタイ渡航情報も、タイにおける大麻使用は医療目的に限られ、タイ発行の医療処方なしに購入・所持・使用してはならないと明記している。さらに、適切な輸出許可なしに大麻をタイ国外へ持ち出すことは違法であり、1キロあたり3万バーツからの罰金、未払いの場合の拘束・収監、今後のタイ渡航に影響する入国管理上の登録につながる可能性があるとしている。
つまり、問題は単純ではない。
「店がある」
「商品が並んでいる」
「観光地で見かけた」
それだけでは、旅行者にとって合法とも安全とも言えない。
SNSで勧誘される無料旅行と運び屋化
NCAは、多くの英国人運び屋が犯罪組織からSNSで接触されていると説明している。勧誘の内容は、無料の旅行や小遣いの提供。その代わりに、スーツケースで大麻を運ぶよう求められるというものだ。
この構図は、大麻そのものの問題だけではない。
旅行、SNS、若者、インフルエンサー的な見栄え、短期的な報酬。
そこに「タイなら大麻は軽いもの」という誤解が重なる。
だが、実際には空港で発見されれば、タイ側でも英国側でも重い結果につながる。NCAは、犯罪組織は運び屋が摘発されても見捨てるだけだと警告している。
AP通信もタイ当局が観光客による大麻密輸の増加を受けて規制強化を進めていると報じている。報道によると、英国政府は2024年7月以降、タイで大麻密輸未遂により50人以上の英国人が逮捕されたと説明。2025年2月の英タイ共同作戦では、バンコク空港で2トン超の大麻が押収された。
郵送ルートから空港ルートへ
英国政府は2025年4月、タイから英国へ郵送される大麻が英タイの協力により大幅に減少したと発表している。2024年最終四半期には英国国境警備隊とRoyal Mailが15トン超の大麻を検出していたが、タイ側で発送前検査を強化した結果、2025年第1四半期には郵送での流入が90%減少したという。
一方、空路による運び屋の問題は深刻化している。
同じ発表では、2025年2月のOperation Chaophrayaにより、バンコク空港で乗り継ぎ客から2トン超の大麻が引き渡され、推定価値は600万ポンドとされている。また、2024年10月から2025年3月までに、タイ税関は800人以上の大麻密輸者を摘発し、9トン超の大麻を押収したとされる。
郵便が締められれば、人が運ぶ。
人が摘発されれば、罰則が強まる。
これは合法市場と違法市場が同時に存在する地域で起きやすい、典型的なひずみでもある。
日本人旅行者にとっても他人事ではない
今回の報道で中心に出てくるのは英国人だ。
しかし、日本人旅行者に関係がない話ではない。
海外で合法、または規制が緩いように見える商品でも、日本へ持ち込むことは別問題だ。大麻そのものだけでなく、THCを含む製品、食品、オイル、電子タバコ型の商品などは、国や地域をまたぐと扱いが変わる可能性がある。
また、乗り継ぎ地にも注意が必要だ。
「タイから日本に直接持ち帰らないから大丈夫」という話ではない。途中で立ち寄る国、到着する国、出発国、それぞれの法律が関わる。
英国政府の渡航情報も、大麻は多くの国で違法であり、到着時または乗り継ぎ時に所持していれば、逮捕や長期の刑罰を受けるリスクがあると警告している。
合法化された国という言葉の危うさ
大麻をめぐるニュースでは、「合法化」「非犯罪化」「医療用」「嗜好用」「規制対象外」といった言葉が混在しやすい。
だが、それぞれ意味は違う。
タイの場合、2022年の非犯罪化によって市場が急拡大した一方で、現在は医療目的を中心に管理を強める方向へ進んでいる。観光客向けの公式情報でも、娯楽目的の使用を認めるものではなく、むしろ購入・所持・使用への注意が強調されている。
「合法化された国だから大丈夫」
「店で売っていたから問題ない」
「少量なら見逃される」
「SNSで誘われただけだから自分は被害者」
こうした認識は、空港や国境では通用しない。
大麻カルチャーを記録することと、大麻を軽く扱うことは違う。
現地の店舗や商品、デザイン、街の変化を見ることと、国境を越えて持ち出すことはまったく別の行為だ。
まとめ:タイの大麻風景は、自由の象徴ではなく制度の揺れの記録でもある
タイの大麻市場は、アジアの中でも特異な存在だった。
街中にディスペンサリーが現れ、観光地に大麻関連の看板が並び、世界中の旅行者がその変化を目撃した。
しかし、その風景は「何をしてもいい」という意味ではない。
むしろ今、タイでは大麻の管理が再び強まり、英国との間では密輸対策が強化されている。NCAはタイから大麻を運ぶ空路の運び屋が急増していると警告し、タイ側も新たな罰金制度や摘発強化を進めている。
旅行者が覚えておくべきことはひとつ。
タイの街中で見かける大麻は国境を越えた瞬間に重大な犯罪リスクへ変わる。
海外の大麻カルチャーを知ることは、法律を無視することではない。
むしろ、文化、産業、観光、規制、違法市場の境界線を冷静に見ることこそ、今の時代に必要な視点だ。
注意書き
本記事は、海外の大麻関連ニュースと法規制の動向を報道・解説する目的で作成しています。大麻の使用、所持、購入、輸出入、密輸、譲渡などを推奨するものではありません。海外で合法または規制対象外に見える商品や行為であっても、日本への持ち込み、所持、使用、譲渡などは日本法で処罰対象となる可能性があります。渡航時は、出発国、乗り継ぎ国、到着国、日本の最新法規制を必ず確認してください。
